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懸賞 懸賞

離婚の危機

懸賞 2006年 08月 25日 懸賞

旦那の夏季休暇中、大喧嘩した。

予定通り旦那は長女と福島へ行ってしまったのだが、車を置いていっていたので私は私でエンジョイしなくちゃ!!と思っていた。
ところが…12日真ん中の子が何となく熱っぽいな…と思っていたものの良く熱を出す子なのであまり気にしていなかったら、翌朝ご飯の時にほっぺを押さえて「ここ痛い」と言って泣き出し、ご飯を食べられなかった。
熱も、かなりありそうだった。
以前中耳炎になったことがあって、前にも同じように泣いた事があり中耳炎を疑って耳鼻科に行ったことがあるが、その時耳は全く異常がなく喉から来ていた。
今回もきっとそうに違いないと思い、日曜だったが熱があるしご飯も食べられないので救急へ行った。
「おたふくは、やりましたか?」と言われたけれど、そう言う環境には居なかったと思うし「喉から来てると思うんです」と伝え、医者も「おたふくではないだろう」と言う見解に至り、喉の薬を1日だけ頂き帰宅した。
当然無理させる事は出来ないので自宅で安静にさせ、夕方には熱が39度になってしまったので解熱剤を飲ませた。
翌日もやはりほっぺを押さえて「痛い」と泣くので、薬を引き続き貰った方がいいだろうと思い、同じ病院に行った。
1時間ほど他の子供たちと同じように待ち、順番が来て診察していただくと、何とおたふくだと言われてしまった…。
今まで他の子供たちと一緒だったのに( ̄Д ̄;;
診察を終えて、待合室を隔離されたところに案内された。
一緒に待っていた親は、どう思ったかなぁ。
結局おたふくじゃ他へ感染させてしまうので、外出は出来ない。
旦那がいない間、私は病院と薬局にしか行けなかった。
しかも旦那は仕事を山ほど持って帰ってきていて、私は子供たちが寝ている時間にそれをこなした。

14日、思っていたよりも早い時間に旦那と長女は帰宅した。
帰宅すれば長女にも確実に感染するのは分かっていたし、できればあと2日くらいいないで欲しいくらいだった。
帰宅しても、私はチクチクと嫌味ばかり言ってしまった。
だって、真ん中の子が治るまでは私は外出できないんだなって思っていたし、私は長女が福島へ行ったら旦那と過ごす時間を楽しみにしていた。
それも奪われ、じゃぁせめて下二人の子と楽しく過ごそうと思っていたのにおたふくになってしまって外出さえ出来なくなってしまい、仕事は山積み…かなり精神的に追い詰められていた。
「貴方は楽しんできたから良いじゃない!」
私の言葉に旦那がブチ切れた。
「ヨウコだって実家行って友達と遊べて楽しかっただろ?最近だって夜遊びに行かせてやってるじゃないか!」
行かせてやってる??
納得して行かせてくれていた訳じゃないの?
実家に行ったのも、長女が幼稚園に入ってからは泊まれる事もなくて久し振りに泊まりに行ったのに、しかも地元の友達と遊ぶのにもそんなに言われるの??
何だか今まで頑張ってきた事を全部否定された気がした。
私の事を理解しようとしてない旦那に、絶望した。

「そんなに私を解ろうとしないなら、別れたら良いでしょ?」

私はこう言うしかなかった。
それを受け旦那は、「ああ良いぞ、俺は構わない。離婚届取りに行って来い。まだやってるのか?」
そう言い放った。
もう8時を過ぎていたので「今はわからないけど、明日はやってるよ。」
そう言ってもう話すのをやめた。

旦那はすぐさま反省したようだったけど、私はどうしても許せなかった。
離婚を言い出した事も許せなかったし、何よりもまた私を追い込み傷つける事を平気で怒鳴ったのだから。
11時頃になって、しょんぼりと旦那が「ヨウコは離婚したいの?」と言って来た。
「私はしたくないけど、貴方に言われたら断れる理由はないなと思ってずっとやってきたから」と答えた。
「俺は離婚なんてしたくないんだ」今更、と思った。
勢いで言ってしまったのだろうけど、軽はずみに言って良い言葉ではないと思う。
ましてや旦那はバツイチなんだから、絶対に簡単には言えないはずだから。
私は言ってしまった事の重みと、大切なものをもう一度考え直してほしいと思い、しばらく許さない事を決めた。
毎日旦那は謝ってきて、一生懸命撤回してきたが簡単に許してしまったら駄目だと思っていたし、3日ほどこの状態を続けた。
そして4枚の手紙と離婚届を用意した。

手紙には、旦那の思いやりのなさを書いた。
旦那が言った言葉に感じた私の正直な気持ちを書いた。
6年間頑張って、自分を後回しにして来た事。
それを旦那が一瞬にして壊してしまった事。
そして手紙を読み終わったあとに渡した離婚届。

旦那は、離婚を言ってしまった事はもちろん、今まで自分の心が狭くなっていた事に気付かされたようで、号泣していた。
離婚届を渡されて、本当に胸を痛めたみたいだった。
私は数日間本当に苦しかった。
許せない気持ちと、まだとても旦那が好きだと言う気持ちが同居していたから。
好きじゃなかったら、こんなに苦しくなかったのだろうとも思うし。
逃げるのは簡単だけど、乗り越えたらきっと素晴らしい夫婦になれると信じていた。
だけどその方法がなかなか思いつかなかった。
…手荒い方法だったかもしれないけど、結果はとても良かったと思う。
旦那は自分の硬くなってしまっていた心が、どんどん溶けていくように顔つきが全く変わっていった。

確かに旦那は仕事で「次期社長」と言うプレッシャーがあったはずだ。
だけど旦那の親は旦那に甘くて、厳しい事を言えない。
仕事が忙しくて飲んで語る友達とも疎遠になっていた。
家に帰れば私が何でもやってあげている。
彼の世界はとても狭いものだった。
そして全員が彼を甘やかしてしまっていたのだと思う。
そこに彼はあぐらをかいてふんぞり返っていたんじゃないかな?
自分でもそう気付いて、反省したみたいだった。
もっと、人の気持ちに気付いてあげられる人だったのに…と言って泣いていた。

あれだけ触れるのも嫌だと感じてしまった旦那を、またとても愛しく思った。
大ピンチを、またもや上手く解決。
手紙だけで充分伝わるだろうと思ったけど、それでも離婚届を用意したのは、まだやり直しが効くうちに離婚届を手にした時、書かなくてはいけなくなってしまった時の感情を忘れないでいてほしいから。
今回のような事がまたあって、私の気持ちが限界に達してしまったら、旦那が「待ってくれ」と言ってももう駄目だろうと思う。
そうなる前に、この気持ちを知っていたらきっと、日々もっと慎重になってくれるだろうと言う事を期待した。
これは絶大な効果だったと思う。
私たちは、もっともっと良い家族になれると確信した。
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by yoko1113_0613 | 2006-08-25 12:39

夏季休暇

懸賞 2006年 08月 12日 懸賞

実家での4日間は、それなりに充実した日になった。
老人ホームに入って、もう2年になる祖父だけど、何と私は初めて面会に行った。
祖父は一緒に暮らしていた頃から病気と痴呆で私の事は分からなかった。
家で会っても「誰だお前は!」と言われてしまうし、家に居るのに外で誰かに「ヨウコか?」と聞いてる…(-_-;)
そんなわけで、面会に行っても混乱させてしまうだけなので行かないでいた。
ところがそんな祖父も肺がんが見つかったそうで、既に腫瘍の大きさは5センチになっているらしく、まぁ秋ごろには…と言う事なのでまだ痛みも出ていない元気なうちに顔を見ておかないと後悔するだろうなって思って子供3人連れて会いに行けた。
もちろん私の事は分からなかったけど、祖父は子供が好きらしいので子供たちを見てニコニコしていた。
父も、かなりぼけた祖父に名前を確認されて嬉しそうにしていた(^^)
午後から予定もあったので忙しい一日だったけど、そのあとは祖母のお墓参りにも行かれて満足な日となった。
ちなみに午後は病気の友達にまた会いに行ったよ☆
実家に居る間、3回も会いに行く事ができた。
どんな姿になっても、彼女が生きていると言う事で何度でも会える…とても大事な事に気付かされたよ。

ところで今日から旦那が夏季休暇に入った。
最初の予定では上の子だけが義理の両親と福島へ行くはずだったのに、直前になって旦那も行くと言い出した。
夏休みに入る前は旦那も一緒に行けば良いのに何て思っていたけど、いざ行くとなると、普段上の子中心に行動しているのでそれを気にしないで旦那と出かけられるのを楽しみにしていた分、とてもショックだった。
でも旦那の気持ちは揺るぎないもののようだったので、黙って行かせた。
まぁ行かせたあとは物凄く嫌味を言ってしまったけれど。
私も夜な夜な出かけようかと企んでいるところ。
でも下の二人も一緒だからね(^^;;;
結局引きこもりかも。

写真は台風一過の朝、長女と散歩した山手にいた猫たち。
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by yoko1113_0613 | 2006-08-12 14:54

再会

懸賞 2006年 08月 08日 懸賞

以前私の大切な親友が倒れて、入院していることを書いたと思う。
今日は実家に来ているので、先日買った[健康回復]のお守りを彼女に渡したいと思って、彼女の家に行ってみた。
当然彼女はまだ入院しているものだと思っていた…
ところがなんと彼女が退院して家にいると言う!
もし良かったら…といった感じだったが、是非会いたくてお邪魔した。

彼女は…私の想像していた通りだった。
だけど彼女は涙を流して喜んでくれた!
もちろん私もワンワン泣いてしまった。
どんな状態でも彼女は彼女だし、私の大切な友達に代わりはないのだから。
彼女はたどたどしく「会いたかった会いたかった」と何度も言ってくれた。
話していることは全て理解しているようだが、彼女から出てくる言葉は少ないものだった。
それでも彼女と意思の疎通ははかれていて、確実に私を覚えていてくれた。
彼女にお守りを渡すと、本当にうれしそうな顔をしてくれた。
負担になってはいけないと思って1時間くらいでおいとました。

昔の彼女ではなくなってしまったけど、どうしてるのだろう?どうなってしまったのだろう?と言う不安と心配から解放され、今は彼女の回復の力になれることは何でもしようと思う。
お母さんにとっても、それは有難い事だと言ってくれた。
彼女の病名は「低酸素障害」と言うものだそうで、電車の中で倒れ駅に着くまで全く手を掛けてもらえなかったようなので、その時間に起きた体の中(特に脳)の変化が著しかったんだと思う。
運が悪かったよね。
でも頑張ってる彼女を、これからも私は絶対に見離さないよ!

実家には金曜日までいるので、明日は子供を連れてもう一人共通の友達と一緒にまた会いに行こうと思う。
彼女は倒れて以来友達に会うのは始めてだったらしい。
お母さんもまだもう少ししてからにしようと思っていたらしく、今日の出来事はあちらにとっても「思いがけず」になったようなので、厚かましいかな?と思いつつ行って良かった!!
彼女に良い刺激となってくれると本当にうれしい。
彼女のためでもあるが、私のためでもある。
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by yoko1113_0613 | 2006-08-08 16:46

暑中お見舞い申し上げます

懸賞 2006年 08月 03日 懸賞

7月の下旬にやっと梅雨明けしたものの、何だか肌寒い日が続いていた。
でも今日はやっと夏らしくなった一日。
それでも蝉はあんまり鳴いていなかったな。
それに、毎年まとわりつくジメジメ~な感じではなくてとっても爽やかに感じた。
日陰に入れば風がとても気持ちよくて、暑さなど感じないくらいだった。

夏休みも3分の1が過ぎたのかぁ。
今日は上の子がスイミングだったので、その時間より前に友達と約束して近くの公園で遊ばせてあげられた(^^)
明日も同じ幼稚園の子と遊ぶ約束をしているけど、どうだろう?
土曜は上の子だけ私の実家へお泊り♪
月曜は習い事があるので一度帰るけど、月曜の夜からは私とチビ二人も金曜まで実家へ。
来週の土曜からは旦那も休みで、旦那の両親が義母方の祖父母のいる福島へ泊まるので、上の子もお願いしている。
そんなわけで向こう2週間くらいは予定がみっちりでホッとしているよ。

でも旦那の休みは16日まで。
ちょっと短いよなぁ~。
どこにも行かれそうにないなぁ…。
どうせなら旦那も福島に行ってくれれば良いのに~なんてちょっと思う(笑)

あ~自由が欲しい。
3人も子供産んで、こんな自分が無責任でちょっと苦しい…。
そして自由はきっと孤独だ。
さてさてこの気持ちをどう解消したらよいものやら。
答えが見つからない。
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by yoko1113_0613 | 2006-08-03 19:06