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仲間

懸賞 2005年 09月 29日 懸賞

カタツムリが成長している気がする。
ツムリンとサクラの区別が付かない…( ̄Д ̄;;
もはやどっちでも良いや…と思う私と娘でした。

さて、そんなカタツムリたちに新しい仲間が加わりました。
捕獲場所はベランダのジュリアンの葉っぱの上。
つくずくカタツムリはどう繁殖するのか謎が深まった…(-_-;)
とっても小さい。
なので名前は「ミクロ」と付けた。
でも娘は毎回名前を忘れてしまう(笑)
ミクロは小さいので、掃除のときに見つけるのが大変。
そんなミクロも、捕獲当初より大きくなった気がする。c0045451_1284485.jpg
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by yoko1113_0613 | 2005-09-29 12:09

祝・退院

懸賞 2005年 09月 27日 懸賞

2泊3日、入院してしまった。
とは言え赤ちゃんは全く持って無事です。
原因は腸炎?
特に原因を追究しなかったので詳細は不明ですが、とりあえず退院しました。
でも入院してからは症状は出ず、元気だったので食事を摂れなくて辛かった(^^;;;
しかも隣の人が美味しそうに煎餅を食べるので、訴えてやりたかった(T_T)

入院は土曜日の深夜、ほぼ日曜日って事。
妊婦なので「産科」への入院になる。
まず赤ちゃんを診察して、その後に採血をしたり点滴をつけたり。
眠れたのは2時ごろ。
朝は6時30頃起こされる( ̄Д ̄;;
みんなは8時30頃食事なんだけど、私は抜きなので(水分も駄目)苦痛な時間。
本当に何もすることがないので、ナースセンターに置いてある漫画でも読もうと思った。
けど、去年出産のときにだいぶ読んでいたのであまり読めるのが無かった。
1日目はマンガ漬けで、2回来てくれた旦那と娘達に癒された。
上の子は泣かないように私の前では必死に堪えていて、これがいじらしくて余計に辛い…。
下の子は私がいなくても全然大丈夫だったって。
寂しいけど逞しくていいや(^^ゞ

夜は眠れなくなると困ると思って昼寝は我慢していたんだけど、結局眠れず。
4人部屋だったんだけど、昼頃私一人になっていたので消灯時間関係なくTVを観ても良いと言われていたので12時ごろまで観ていた。
「プロジェリア」と言う難病の女の子の話をやっていた。
この子の事は以前から何度かTVで観た事があって、プロジェリアの平均寿命を既に超えている彼女の行く末が気になっていたので、まだ生きていてくれた事を嬉しく思った。
12時ごろ眠れたんだけど、4時過ぎ私の部屋に急患が入院。
バタバタと騒がしくなり眠れず。
彼女はその後出産になるらしく時々「痛い…!」と言うので気になって眠れず(T_T)
6時30分には旦那を起こさないといけないので結局眠れず。
月曜日は旦那には仕事を休んでもらった。
でも上の子の幼稚園があるので、早起きさせなければいけなかった。
私はその後やっと少し眠れたのだけど、8時過ぎに担当の医師が来て眠れず(-_-;)
今日の昼から食事を再開して、大丈夫なら退院してくださいとの事。
まずは水分から始めてくださいと言われた。
ようやく水分が摂れる!
でもいきなり刺激のあるものは駄目だろうと思って、暖かい麦茶を買ってきた。
異様に美味しく感じた(^^)
8時50分頃娘のバスが病院の裏を通る。
ちょうど「談話室」からその様子を見ることができた。
でも上からだとどの子も同じ帽子なので、どれが娘かは分からなかったけれど、とても嬉しかったのと同時に何だかとっても切なくて泣けてきた。
10時過ぎに旦那と下の子が面会に来てくれた。
退院までの話しをして、チビが眠そうなので帰ってもらった。
12時過ぎに待望の昼ごはんが!!
久し振りの食事なので、きっと普通食ではなくお粥とお腹に優しいおかずだろうと思っていたのに、普通食が出た。
茄子と牛肉を油で炒めたもの…。
大丈夫なのか?少しで我慢しとくか?と思いつつ美味しくて平らげた。
でも一応いつもより多く噛んでおいた。
胃が痛かったけど、腸は無事のようなので退院が決定した。
点滴は合計6本。
暇つぶしにTVばかり観ていたので、頭が痛かった。

入院中に考えたことがある。
私の性格なので、今回入院してしまった事でとても罪悪感があった。
でも、もしかしたらしなくてもいい入院にせめて自分に言い訳をしとこうと。
土曜日の8時半頃から始まった腹痛に2時間トイレを行ったり来たり。
激しい腹痛(陣痛を超える)と下痢に冷や汗が出て顔が歪んだ。
下痢は陣痛を引き起こす事がある(出産のときそのために浣腸をするんだから)。
もちろんそれも不安だった(まさか陣痛?とさえ思った)。
あまりの痛さにこれは病院で何とかしてもらわないと(赤ちゃんも心配)と思って行ったんだけど医者に診てもらった時は落ち着いていた。
でもその後落ち着き続けるかは私も分からなかったし、恐らくこの時点で軽く脱水だったと思う。
だから点滴は受けるつもりだった。
翌日は日曜日。
月曜日だけなら旦那も仕事を休めるだろうと思ったし、家に居ては絶対に無理をするし食事も制限できないと思ったので医者に勧められるがまま入院した。
でも拭えない罪悪感を正当化するためには、自分が普段どれだけ無理してきたか旦那が家でどれだけ私に甘えているのかと思った。
もちろん普段そんなこと思いもしないし、それで良かった。
でも、自分のグータラを正当化するために旦那を責めて離婚を唱える輩がいるのかもしれない、と感じたのでした。
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by yoko1113_0613 | 2005-09-27 12:18

親愛なるトラ様

懸賞 2005年 09月 18日 懸賞

9月17日は私とダーリンが結婚式を挙げた日です(*^_^*)
今年は家族でディズニーシーに行って来ましたが、今日はその話ではなく実家の猫の話をします。

名前はトラ。
今年の10月で実家に来て18年になります。
兄が鶴見のスタンドで働いているときに、拾って来た猫で、メスです。
とても賢い猫で、まるで犬のように忠実でした。
「ハウス」と言えば大人しくベットの上に寝に行き、夜母が店から帰宅する時、何の物音で分かるのか起きて玄関の前でその扉が開くのを待っているのです。実家は5階建てでした。
5階には父の趣味で鳩を飼っていましたが、その事もあり父は2階より上に行く事を絶対にいけないと言っていました。
トラは私や母が上に行こう!と誘わない限り絶対に行く事はありませんでした。
小さい頃はともかく、少し大きくなってからは私達にじゃれる時決して爪を出して怪我をさせる事はなかった。
ただ、毛布やタオル等の中に手を隠してごそごそ動かすのが私達の手だと分からないときは、爪を出して来るのでキチンとわきまえて遊んでいたんだろうと思う。

そう言えばこんな事もあった。
避妊手術のために病院へ1日入院させなくてはいけなくなったとき、獣医さんはトラにとても手こずり、術後に入れられた檻の中でも奥の方でいつまでも鳴いていたらしい。
翌日母が迎えに行くと、獣医さんがいくら檻から出そうとしても出てこず、母が行き「トラちゃん!」と呼びかけると「ニャー!」と反応して出てきた。
母はその姿がいじらしく、涙したらしい。
それからは病院に連れて行った時のかごには近づきもしなかった(笑)

何年かして姉が出産のため、姉が飼っていた猫を2匹実家に連れてきた。
仲良くなる事は出来なくて、トラはストレスのためか円形脱毛症になった。
家族の心配をよそにしばらくするとそれは良くなったのだけど、トラは私と姉が使っていた二段ベットの2階に住むようになって(姉は既に居なく、私が下を使っていた)あまり降りてこなくなった。
でも、私がさて寝るか~とテレビを消して電気を消すと、呼んでもいないのに上から降りてきて私の布団の中にもぐりこみ、腕枕。
そして毎晩一緒に寝てくれた。
私に辛いことがあって泣いているときは、そばに来てくれて顔を舐めてくれた。
姉が連れてきた猫のせいなのか、トラはだんだん顔つきが変わって行った。
私も20歳で家を出たので、トラとの思い出はここまでだ。
実家もまだ同じ場所に店はあるが、両親は道路と花屋を挟んだところに4年前家を買ってそこに移り住んだ。
その際父は猫を家に入れることを固く禁じ、猫達は外の猫小屋で暮らすことになってしまった。
道行く人にとても可愛がられ、それはそれで幸せだったのかもしれない。
トラが初めてそこから脱出した日、私はトラが居なくなる夢を見た。
朝、母からトラがいないと言う連絡が来てとても驚いた。
みんなとても心配したけれど、しばらくしてひょっこりと戻ってきた。
それからは時々首輪をすり抜け、出かけては戻ってくる生活となりみんなあまり心配しなくなった。

去年姉が連れてきた猫が、ようやく姉のもとへ帰った。
トラは1匹で猫小屋に暮らすようになった。
いつも私が実家に帰ったときは、なぜか私に気付き玄関で待っていてくれる。
前みたいに鳴いてくれる事も無くあまり抱っこもさせてくれなくなってしまったけど、トラは確かにゴロゴロと喉を鳴らしてくれていた。
外で暮らすようになって4年。
暑い日も寒い日も何とか乗り越えてきたトラだけど、いよいよ弱ってきた。
9月14日から3日間、ついにご飯さえ食べなくなってしまったと言う連絡が入った。
その時私は呑気にディズニーシーで遊んでいた。
明日行くので、どうかそれまで待っていて!
そう母にメールで伝え、母はトラに伝えてくれた。
翌日、私はめまいで起きる事が出来なかった。
それでも何とか行くべきだった。
お昼頃ようやく動けるようになり、行かなくちゃ!と思ったときには既に亡くなってしまった。
小さな体で、私をきっと待っていてくれたんだろう。
トラは私のためにイロイロな事をしてくれた。
それなのに私はトラのために頑張る事が出来なかった。
私がしてあげられる最期の事を、逃してしまった。
這ってでも行けばよかった。
どうせ運転するわけでもない。
化粧だって結局しなかったんだし。
私は固くなったトラをなでてやることだけしか出来なかった。
最後の最後に、名前を呼んであげたかった。
トラの耳にはもう聞こえなかったんだね。
その毛並みは、18歳になるとは思えないほどふわふわだった。
でも尻尾まで固くなって動かなかった。
少しだけ開いた瞳にはもう私が映る事も無く、手を握ろうとしても体全体が持ち上がってしまい、やめた。
父と母が看取った。
私が一緒に暮らしたのは10年で、その後8年は父と母と共に生きたのだからそれでよかったのかもしれない。
小さな首輪が外されていた。
亡くなる頃には子猫のように細くなってしまったけれど、母が元気な頃のトラの首の太さに合わせ直した。
最期に会えなかったことがどうしても悔やまれるが、こればかりはもうどうしようもないので乗り越えなければ。
「どうして死んでしまうのだろう?どうして動かないのだろ?」なんて子供みたいな事を考えながら、トラの優しい毛並みをしばらく撫でた。

火葬は19日午後。

9月18日午前10時30分頃 トラ たぶん18歳になっていたと思う
永眠

本当にありがとう。
ただこれしか思いつかない。 
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by yoko1113_0613 | 2005-09-18 10:30

妊婦と薬2

懸賞 2005年 09月 10日 懸賞

風邪をこじらせている。
とは言え症状は咳だけで、他にどこも何ともない。
喉は痛くなく気管支が苦しい。
夜中に何度も何度も目が覚めて、空咳が出る。
痰が絡まないのは余計に苦しい。
咳のし過ぎで背中も痛い。
お腹にも負担が掛かるし、迷って今日医者に行って来た。
当然妊婦である事は伝えて処方してもらった薬は3種類。

・痰を出しやすくする薬
・咳止め
・気管支を拡張させて呼吸を楽にする薬

毎食後に飲み、4日分出た。
婦人科ではなく内科で処方してもらった薬。
楽にならなくちゃと思って医者に行ったけど、やっぱり不安が拭えない(-_-;)
でも夜中に咳き込んでみんなを起こしてしまうのも困るし、飲むしかないよね。
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by yoko1113_0613 | 2005-09-10 17:46

ソレイユの丘

懸賞 2005年 09月 04日 懸賞

ようやく夏休みも終わり、2学期が始まった。
全然気が付かなかったんだけど、上の子は足のサイズがまた大きくなっていた。
幼稚園用の靴が履けない!ともがいていた。
幼稚園で履いている上履きが、入らないと訴えてきた。
そんなこと全然気にしていなかったけど、夏の間にまた成長していたんだね。

台風が近づいてきているらしい。
今日の天気はあやふやだったので、確実に天気の良い昨日、横須賀に出来た「ソレイユの丘」と言うところへ行って来た。
元は米軍の基地だったのかな?
返還された土地らしい。
まぁ小規模なマザー牧場みたいなもので、駐車料金こそ1日1000円取られるものの、入場料は無料。
広さもかなりある。
でも日陰はあまり無い…(-_-;)
子供が遊べるところがいっぱいあって、畑や牧場もある。
羊やロバ、豚などと触れ合えて、野菜を収穫する事もできるらしい。
クラフトや手作りソーセージ・ピザ等もあるらしくて楽しめる事はイロイロあるみたいだけど、我が家は子供メインなので、私は本当は「ステンドグラス作り」をしたかったけど、時間が掛かるので諦めた(T_T)
そんなわけで私は広い敷地をついていくだけで、別段楽しくも何とも無く…。
ご主人様、妊婦は暑さに弱い事くらいそろそろ学んでください。
でも子供達は楽しそうだったので、あの笑顔だけが救いです。
もうちょっと日陰があれば、まだ遊ばせてあげたかったんだけどね。
ごめんね。c0045451_17354782.jpg
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by yoko1113_0613 | 2005-09-04 17:38